解説湯布院温泉の歴史

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由布院温泉の歴史は古く、約1300年ほど前の奈良時代に編纂された豊後風土記の中に名が記述されている。

鎌倉時代には、効用のある温泉として広く知られていたが、江戸時代になるとただの村人の行水の湯となっていた。16世紀頃まで、由布院はキリシタンの里であったが、キリシタン弾圧が始まるにつれ由布院への監視の目も厳しくなった。キリシタンの疑いを避けるためにも、村人が行水する以外に外部からは誰も湯治に来なくなり、しばらくの間、温泉場として衰退する。

湯治場として再び活気を取り戻したのは、明治維新後であり、近くに陸軍の演習場ができてから、上官や兵士達が温泉を満喫するようになった。

交通網も発達し、大分-佐賀を結ぶ佐賀県道が開通、大分-由布院間に鉄道も走るようになり由布院への湯客も増えた。

大正時代、この地に自分の私的な別荘を作った油屋熊八は、由布岳の麓の静かな温泉地が気に入り「別府の奥座敷」として、この別荘に内外から著名人を招き接待をしている。後に旅館も数軒建てられた。

由布院の静かで田園的な温泉地・温泉郷というイメージが今も守られているのは、温泉地の歓楽街化に反対し、由布院の自然や環境を守ろうと町をあげて取り組んだ努力の賜物である。

昭和56年(1981)には、環境庁の国民保健温泉地指定されている。


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